発達障害のせいかも?ずっと人間関係が苦手だった

alone

休職中の発達障害系サラリーマン熊吾郎(@Kuma56_t)です。

最近、ずっとカウンセリングを通じて自分の幼少期を振り返って、自分自身の本質的な部分を見つめ直したりしています。そんな過程で昔から人間関係が苦手だったなぁと思いましたのでカキコ。

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昔から人間関係は苦手だった

「幼馴染み」や「親友」と呼べるような近い友人があなたにはいますか?私にはいません。強いて言わずとも、妻が唯一の理解者かもしれません。

というのも、今までそこまで深い人間関係を結ぶことなどしてこなかったからです。

学生サークルの活動に明け暮れていた頃でさえも、打ち上げや懇親会にはほとんど顔を出しませんでした。周囲に仲間はいますが、あくまでも目標を達成する手段の一部にしか見ていませんでした。

親子関係もガタガタだ

子供が最初に結ぶ人間関係は親子です。しかし、今の私の親子関係を客観視すると親の一方的な片思いのような状態です。

両親は私のことを今でも「我が子」として家族の一員だと考えているようですが、もう私からすれば「赤の他人」なのです。だって同じ場所に暮らしているわけでもないし、経済的にも自立しています。金の切れ目が縁の切れ目だったのでしょうか?この答えは私にもわかりません。

正直、赤の他人にしては私のことを知りすぎているので、両親にはあまり関わって欲しくないと思っています。親不孝な人間で申し訳ないですが、そう思ってしまうのです。

原因はアスペルガー症候群?

自分自身について白黒はっきりさせたくて、30歳になってから発達障害の検査を受けました。そのときに軽度ではありますが俗に言うアスペルガー症候群の可能性が示唆されました。今となっては自閉症スペクトラムの一部として診断されますけどね。

Wikipediaの力を借りてみると、

非自閉症の人(NT:neurotypical, 典型的な精神の人)は、他者の仕草や雰囲気から多くの情報を集め、相手の感情や認知の状態を読み取ることができる。この能力が自閉症の人には欠けており、他者の心を読むことが難しい(心の理論の欠如)。 そのような、仕草や状況を読み取れない人は他人が微笑むようすを見ることはできても、その微笑みがなにを意味しているかが理解できない。多くの場合、彼らにとって「行間を読む」ことは、困難ないし不可能である。

From アスペルガー症候群|Wikipedia

だそうです。この感覚、かなり私には当てはまります。

上記にて親子関係が崩壊しかかっていることを書きましたが、こうした発達障害も関わっているのではないかな?と思うのです。そして、一番の理解者であってほしい肉親が定型発達者と同じように振る舞うことを未だに求めているので、気持ちのすれ違いが生じてしまうのではないかと思っているのです。

一番好きなこと:一人でいること

こんな私のような人が結婚できたのは奇跡的だったとしか表現のしようがありません。でも、実は結婚した今でも一人で過ごす時間が好きなのかもしれません。

普段は知らず知らずのうちに他人に合わせようと必死に努力をしているからか、誰にも干渉されない時間が欲しくなります。

一人の時には何をするわけでもなく、ただボーッとして過ごすだけです。でも、そうやって頭を空っぽにする時間が必要なのかもしれません。

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