うつ病で休職してから1年が経って

「すみません。見ていただきたいものがあります」

そう言って上司に休職を要する旨が書かれた診断書を提出したのは去年の今頃だった。上司は受け流したりせずに手際よく休職の手続きを進めてくれて、その翌日から僕は会社を休んだんだ。

そして、1年が過ぎた。今日は休職をしていた1年間を振り返ってみようと思う。

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自分が「うつ」だと受け入れるまで

まず、自分が「うつ」だと受け入れるのに時間が掛かった。実際に診断書を受け取って休職した直後も、誤診ではないかと心のどこかで考えていたんだ。

最初の頃は自宅で休養を続ける中で、毎日のようにインターネットでうつ病診断を繰り返していた。その度に「重度のうつ状態です」と表示されているのが納得できなかった。

でも、その気持ちに心身ともに応えてくれなかった。僕は確実にうつ状態に陥っていたし、とても仕事ができる精神状態ではなかったんだ。

休職を始めて2〜3ヶ月が経った頃だろうか。やっと自分の中で精神状態が落ち着いてきて、自分自身が深刻なうつ状態にあることを受け入れられた。

一度、受け入れられたら休職の必要性も胎落ちしたし、素直に休養を受け入れるようになれた。無理して会社に行こうとも思わなくなった。

けど、それまでは非常にもどかしくて苦しい時間を過ごしていたよ。

家族のサポート

妻が最大の理解者であることについて、本当に感謝している。

休職するまでも僕の意思を尊重してくれた。会社に行けなくなって毎日一緒に過ごしている時も、僕のペースを崩さずに好きなようにさせてくれた。

また、色々と意見したがる親戚からも守ってくれた。健康な人から見れば、うつ状態の人には至らない点が多すぎる。でも、そこで患者の腕を掴んで引っ張り回すことは本人のペースを乱してしまうだけだ。

要は、過度に干渉せずに僕を見守っていてくれたんだ。マラソンに例えると「伴走」という感じだろうか?

それが当事者としては一番嬉しかった。横からあーだこーだ言ったり手を出したりせず、だからといって無関心ではない。

この絶妙な距離感を保ってくれたことが本当に支えになった。

正直、うつ病なんて他人がどうこうできる病気ではない。精神科医だって薬を処方して、話を聞いてやることしか出来ない。うつ病を克服して寛解までたどり着くプロセスは、本人が自力で進まなければ成し遂げられないからね。

長い長いトンネルの出口が見える

最近では外出する気持ちも出てきて、電車を乗り継いで遊んでくることもできるようになった。それでも疲れて翌日は昼過ぎまで寝込んじゃうけどね。

主治医は「今の気分状態をあと1〜2ヶ月継続できれば、次のステップへ踏み出せるでしょう」と言ってくれるようになった。うつ病で言うところの「回復期」に入ったようだ。

この1年間は長い長いトンネルだった。今はやっと出口の光が見えてきた感じ。

でも、ここで焦って走りだそうとすると転んで余計な怪我をする。だから、僕はマイペースを意識しながら、ゆっくりと慎重に歩んで行こうと思う。


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